「もの自体」を作ること

広報や広告という仕事について考えてみたりする今日この頃。

社会人になってからこっち、私は「ものを伝える仕事」をしてきた。

だいたい広報、PR、広告、マーケティングとかそこらへんに関係するやつ。どうやったらわかりやすくみんなに伝えられるのかってことをもうアホみたいに一生懸命考えている。

私は「わかりやすさ」だけを売っている。
どんな難解なもの、複雑なものも、だいたいのものはわかりやすくできる。
この一点だけは多分誰にも負けない、と思う。
(負けるとしたらTV報道局のフリップ担当くらいだと思う)

今の私の仕事は、概ねそれを形にして売る仕事だ。言葉を使うこともあるし、WEBのインターフェースを使うこともある。私にとっては文言コピーだろうがWEBのインターフェースだろうがパンフレットだろうがモノはなんでもよくて、ほんとにみんなにちゃんと伝わればそれでOKって考え方でこの20年やってきた。

この考え方、「お客さんにわかりやすく伝えたい」っていう気持ちだけで、紙もWEBもオンエアも英語も、そういう技術はすべて扱えるようになったんだけど、どんなに技術を磨いても絶対に越えられないものがある。

それは広報対象である「もの自体」を作ること。

…なんだかカント哲学ぽくなったけど、そういうこと。

広告屋はリカちゃんの服は作れるけどリカちゃん本体は作れない。

これが何を意味するかというと、すなわち広報や広告は、いつも受注仕事ということ。私は受注仕事をすることはできるけど、やり続けたくはない。黒子の才能持ってるからって黒子やってても仕方ない。なぜなら黒子はいーーーっぱいいるから、別に私じゃなくてもいい。ここでお金は稼げない。だって分母が多いところでどう頑張っても「あんたよりいい人いるから」で済む。

では私しかできないこと、やるべきことはなんなんだと自問自答してきたんだけど、私は黒子の才能を活かして演者にならなきゃいけない。独立してからだんだん、だんだん、こんな風に強く思うようになった。

学校に行き始めてからまたどんどん強くなってきて、だんだん演者として活躍できそうな場所も月に照らされるように見えてきた。学校のおかげでいろんな本と出会って、このわかりやすさっていう武器と、徹底的に明晰であろうとする態度と、それにくっついてきてくれた技術で、なんとかやらなきゃいけないことがある。

それにしても…もし人生が100年くらいあるとしたって、もうほんと時間ない。せっかくアホみたいな確率で生まれてきたんだから、楽しみ尽くさなきゃダメだ。もったいない。だから今日もそれに向けて頑張ろう。ひとつひとつしっかりやっていけばきっと道はどんどん開けてくるはずだ。

まあこんな感じでその「明晰さ」一点だけを見つめて毎日仕事してます。



カテゴリー:ALISA

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